2018年12月2日「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」ルカ3:1~6

 わたしたちは一年の締めくくりとしてクリスマスを迎えるように思います。もちろんキリスト教ではこのクリスマスから、厳密に言えばクリスマスに備えるアドヴェント(12月25日に至る前4つの日曜日から)をもって新年と数えます。クリスマスの挨拶はMerrry Christmas and AHappy New Year!クリスマスの後にお正月が来るから両方挨拶をしておこうと言うのではありません。このandは二つの行事をつなげているのではなく、祝されたクリスマスと同時に始まる幸いな新年でありますように、と言う意味です。終わりではなく、全ての人たちと心を新たに出発の時を祝うのです。実際、神の子イエス・キリストの誕生は人類の歴史において全く新しい時の到来でした。この大きな区切りを祝うということです。世界の暦が主イエス・キリストを起源として(A.D in the year of Our Lord)、紀元前(B,Cキリスト以前 before Christ)と、イエス様の誕生をもって数えられるようになったのは、神様がこの歴史の中に介入された徴となりました。ルカによる福音書の3章は、神様の御業がこの世のかかわりにおいて、この世に成就されたものとして語られています。ですから、洗礼者ヨハネが活躍し始めたことについても、ローマ皇帝ティベリウスの治世の第15年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督とか、ガリラヤの領主がヘロデ、誰が大祭司であるとかが記されています。つまり、ローマ皇帝、領主ヘロデ、ユダヤ教の大祭司等、当時のユダヤ人たちの生活が、信仰に至るまで三重の統治を受けていたということです。そのような非常に苦しく暗い時代に、神の言葉が荒れ野でヨハネに降ったと聖書は語ります。神の言葉は場所を選びません。実に神の言葉は、何も生えない砂漠のような所に語られるのです。イスラエルの民がエジプトを脱出した時に、神は民に具体的に語られ、豊かに養って下さったのです。今、あなたの心がどんなに荒れすさんでいたとしても良いのです。神は「悔い改めよ」と語られます。つまり、神に立ち返れと、主イエスをお迎えする為に、心を整えよと言われるのです。              (主任牧師  三ヶ嶋 徹)

 

2018年12月9日「最高のプレゼント」ヨハネ1:10-14 

 クリスマスプレゼントはもらう方も贈る方も嬉しいものです。プレゼントは愛のしるしだからです。贈る方は相手が喜んで受け取ってくれることを期待します。ところがもし相手が「いらない」と言ったら、それはとても悲しいことです。

 世界で初めにプレゼントを贈ってくれたのは神様です。神様は私たちを愛しておられます。神様は私たちの存在そのものを愛してくださいます。ところが人の間には様々な争いがあります。自己中心。これは自分のことだと気づくことが大切です。

 そこで神様は私たちにプレゼントを贈ることにしました。神の独り子イエス様。この方を信じて罪が赦され、赦しの心、愛の心が与えられるように。神の子どもとなれるように。このイエス様こそ最高のプレゼントです。

 ところが人々はこの方を受け入れなかった。そして十字架につけてしまいました。しかし実はイエス様は、私たちの罪のために身代わりとなられたのです。イエス様は命がけであなたを愛されたのです。この方を受け入れた人は神の子どもとなる資格をいただく。つまり罪はすべて赦され、天の国に行く約束をいただけるのです。なんとすばらしいことでしょうか。

 私は息子が悪いことをした時は叱ります。しかし謝った時には赦します。心の中では息子を赦したいのです。神様も罪に対しては厳しい方です。私たちのごめんなさいを待っています。神様はあなたの罪を赦したいのです。そして抱きしめたいのです。そのためにイエス様を与えたほど愛しているのですから。

 私たちはイエス様という最高のプレゼントを「いらない」と拒むか、それとも感謝して受け取るかどちらかです。イエス様をお迎えする時、私たちは罪の赦しを受け、愛を受け取ります。共にクリスマスを喜び祝いましょう。                            (協力牧師  栗﨑 学)

 

 

2018年12月16日「神への真実な信仰告白」ルカ1:26~38 

 この26節からは、洗礼者ヨハネ誕生告知の舞台エルサレムから北上して、ガリラヤ地方の町ナザレに移ります。この平和な町ナザレは、大工ヨセフの住む町であり、また彼の「いいなずけ」おとめマリアの住む町でもありました。ザカリアへのヨハネ誕生の告知があってから六ヵ月後、同じ天使ガブリエルがマリアに現れたのでした。私たちは、今、処女降誕という、ある意味では全く理解の出来ない、しかし、福音に目が開かれると、それにこそこの世に二つとない、素晴らしい出来事に出会っていることが分かるのです。ここで、私たちの信仰の中心であるイエス・キリストの誕生と言う、出来事に出会うことになります。ところが、天使ガブリエルの語った「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる」と言う言葉に、マリアが戸惑うのです。恵まれたのに、戸惑うのです。それは神様が私たちの世界に介入して来られたからです。つまり神の恵みは、今までの自分の生活を続けながら受けることは出来ないのです。マタイ2章では、ヘロデ王が不安になったとあります。つまりそれは、新しい王が生まれることは、古い王が退き、新しい王を迎えなければならないからです。同じように、私たちも自分の王座に座っている限り、新しい王として来られたイエス・キリストをお迎えできないのです。また、今まで王として崇めていたものを、自分の心の中から追放しなければならないのです。これこそが神への悔い改めなのです。

                                (主任牧師 三ヶ嶋 徹)

  

2018年12月23日「主の御言葉を信じる者の幸い」ルカ1:39~56 

 マリアの賛歌は「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。」で始まります。皆さんは「あがめる」とはどういう意味で捉えていらっしゃるでしょうか?それは原語からみて、「神様を大きくする」というのが良いかも知れません。私たちの信仰生活の中で、あまりにも私たちの神様を小さくしているのではないでしょうか。神を求めず、神を頼りにせず、そう言う意味で、逆に自分自身を大きくしているのではないでしょうか。自分が大きいと傲慢になります。物が大きいと享楽に走ります。他人が大きいと、劣等感に陥ります。もし私たちのうちで神が大きいならば、全ての事柄から自由にされます。

 さて次にマリアの賛歌は、「身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。」と言います。私たちは自分の低さや汚れや小ささを思う時、そこには神がいらっしゃらないと思います。けれど、このクリスマスの出来事に於いて、それは全く私たちの間違いであることに気付かされます。神は、神の一人子は、この低さにこの小ささにお出で下さったお方なのです。このマリアの賛歌において「神が目を留めてくださった」のは、マリアの高さや高貴さでもありません。彼女の「いやしさや低さ」なのです。実にイエス・キリストは「これらのもっとも小さい者の一人」に目を向けてくださるのです。

                                                     (主任牧師 三ヶ嶋 徹)

 

2018年12月30日「神を讃美する人生」ルカ2:25~40 

 「そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。」またアンナは「彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。」とあります。彼らの望みと祈りは常に未来に向けられていたと言えるでしょう。それは何よりもイスラエルの人々の<慰め>と<救い>を求めていたのです。「これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光」と言う異邦人への救済に言及しています。(イザヤ42:6,49:6)。それはまさにメシアイエス様こそ、全ての人類を死の陰の暗黒から神の赦しへ導こうとする光なのです。だから、その異邦人を征服するのではなく、むしろ「異邦人を照らす啓示の光」となるために来られた方は、受け入れられないのです。拒絶されるのです。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。」ここにはすでに早くも十字架の陰が御子イエス様に落ちかかることが預言されているのです。女預言者アンナはシメオンの言葉の言葉に付け加え、「エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。」とあります。この時、イスラエルの慰めと救いを待ち望んでいた人々の群は小さかったでしょう。つまり十字架と復活を待たなければならなかったのです。けれど、彼らは旧約聖書の真に信仰深い全ての人々と共に、「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、~ ~仮住まいの者であることを公に言い表したのです。」(ヘブライ人への手紙11章13節)。

                                (主任牧師 三ヶ嶋 徹)

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