「聖書にのみ生きる」

 なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰(のみ)によると考えるからです。(ローマ信徒への手紙3章28節)

 さて、今年2017年は世界のキリスト教会にとって大きな記念すべき年です。それは、マルチン・ルターによる宗教改革500年を迎えたからです。その意義について、少し考えたいと思います。

 15世紀半ばのグーテンベルグの活版印刷によって、ルターによってドイツ語訳の聖書が印刷・出版されるようになりました。それまではラテン語訳のもので、数も少なく、大学や修道院と言ったところにだけあるものでした。かつてはルターも、ラテン語訳の聖書を読み、研究していたのですが、当時のローマカトリック教会の教えが、特に罪の赦しについて、聖書の教えることと異なると言う問題を指摘したことから始まったのが、宗教改革運動となって行きました。このときルターが提起した提題は「九十五箇条の提題」と言われています。しかし正確には「贖宥の効力を明らかにするための討論提題」と言います。これは、わずか2週間ほどで全ヨーロッパを駆け巡り、大反響を巻き起こしたと言われています。今でいえば、たかがB4ぐらいの紙1枚に過ぎない文章が、キリスト教の歴史を変えることになろうとは、当のルター自身も想像すらしていなかったことでした。

 さて、ラテン語で語られているルターの教え中に、一般的に三つのソラがあると言われています。

・SOLA FIDE(ソーラ・フィーデ)信仰のみ

 *冒頭のローマ書3章28節にはない、ソラ(のみ)と言うラテン語をルターは付け加えたと言われ

  ています。*

・SOLA GRATIA(ソーラ・グラティア)恵みのみ

・SOLA SCRIPTURA(ソーラ・スクリプトゥラ)聖書のみ、みことばのみ

 *ルターは、教皇も教会会議も最終的な権威ではなく、教会における全ての権威の上に聖書の権威

  を置き、聖書の権威に服すべきであると主張しました。*

 

 「九十五箇条の提題」、当時のキリスト教会に、この1枚のB4の紙がこれほどの大きな波紋と変革を呼び起こすとすれば、なおさらこの「聖書」がどれほど私たちの人生に、イエス・キリストにある生きる喜びと使命を与えて下さらないはずがあるでしょうか。キリスト教2千年の歴史の中で、「神の語られた言葉」としてのこの聖書が、どれほど多くの人々の人生を律し、支えてきたことでしょうか。

 聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。(テモテ第二3:16,17)

 私たちは更に、この神のみことばの種を携え、世に遣わしていただきましょう!

                                牧師  三ヶ嶋 徹

近畿福音ルーテル津教会
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