「人生は旅である」

 今から約400年も前に、織田信長、豊臣秀吉と続き、徳川家康は、群雄割拠の時代に終止符を打ち、長年にわたるある意味天下泰平の世、江戸時代を作り上げた人物です。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」の句のように、家康はとても辛抱強く、忍耐力に優れている人物だと言われています。さて、その辛抱強いと言われた家康はまた、「人生は、重き荷を負って遠きを往くが如し」とも言ったそうです。今どき、少しマイナーな感じがしますが、現実の厳しさに直面した時など、なるほど、人生を見事に言い当てているな、と思わせられます。

 また、あの奥の細道を書き記した松尾芭蕉は「人生は旅である」と言ったそうです。更に、三国志や宮本武蔵と言った作品を残している吉川英治氏は「人生は旅である。しかも、この旅は、片道切符の旅である」と言いました。つまり私たち人間は、「オギャー」と生まれた時が人生と言う旅の始発駅であり、「ウーン」といって大往生を遂げる時が、人生の執着駅となるのでしょうか。『片道切符の旅』というのも、人生を見事に言い当てているように思います。

 ところで、人生、行って帰って来た人の報告がないものですから、何のためにこう苦労しなければならないのか、なぜこういつも辛いことばかりあるのか、と理解に苦しむことが多いですね。さて、お互いの人生の旅は快調でしょうか。楽しい旅も、ビジネスの旅も、みな目的があるように、人生の旅についても、ハッキリとした目的、ハッキリとしたゴールを持って歩みたいものです。ましてや、片道切符であるとすれば、確実にその目的を果たしたいものです。今、自分がどこに向かって生きているのかがハッキリしさえすれば、現実の苦労も、大いに意義あるものとなるのではないでしょうか。

 聖書の中でイエス・キリストは人々に向かって、こう言われました「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:16)。神様は、私たち全ての人間に「神の国」を備えておられます。また、イエス・キリストは、十字架につけられる前夜、弟子たちにこう言われました。「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。」(ヨハネ14:1,2)。

 子どもたちが教会学校で良く歌っている讃美歌に、福音の汽車というのがあります。「福音の汽車に乗ってる。天国行きに。ポッポー。罪の駅から出てもう戻れない。切符はいらない、主の救いがある。それでただ行く。福音の汽車に乗ってる。天国行に。ポッポー。」この福音とは、イエス・キリストの十字架の死と復活によって救いが完成され、神の国はすでに来ていると言うことを告げる<良い知らせ>のことです。この汽車には切符はいらないと言います。イエス・キリストの救いがあれば、どんな困難や悲しみが襲って来たとしても安心して、神様の備えた御国に入ることが出来ると教えてくれています。さあ私たちのゴールは、ここにハッキリとしています。お互い、このゴールを目指して共に励んでいきませんか。

​                          牧師 三ケ嶋 徹

近畿福音ルーテル津教会
​ 牧師:三ヶ嶋 徹

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