​2021年12月の”ギフト”

 

                   「イエス・キリストの系図」

​                                     補教師 瀬戸 幸治  

 当教会で水曜日の午前10時から持たれている「聖書研究祈祷会」では、12月1日から「マタイによる福音書」の学びが始まりました。マタイの1章と言えば、舌を噛みそうなカタカナの名前が羅列されている箇所で、うんざりした人もおられるかもしれません。

 福音書を書いたマタイは、こんな書き方で、何を読者に伝えようとしたのでしょうか。どうやら、この系図には秘密がありそうです。マタイは、血筋を伝えたかったのではなく、それ以上に、信仰の系譜を見ようとしたのではないでしょうか。「イエス・キリストの系図」とマタイが言い切っているのは、イエス様が単なる宗教家ではなく、キリストは救い主(メシア)なんだと宣言しているのです。ですから、この福音書のまず初めに「イエス・キリストの系図」が置かれているのは、これから先に書いてある内容は、人間イエスの事柄ではなく、救い主であるキリストについて書かれていることを示しているのです。   

 救い主は、すでに旧約聖書の歴史の中で、アブラハムの子孫、ダビデの子孫として生まれてくることが、預言者の言葉を通して約束されていました。「その神様の約束の成就がイエス・キリストなんだ!そのことを知ってほしいんだ!」というマタイの意気込みが感じられます。そして、系図がアブラハムから記されているのは、行き先を知らずに神の命令のままに、約束のカナンを目指して旅した信仰こそが大切であることの強調でしょう。

 また、ユダヤ人の社会は男性中心です。この系図に名を連ねている人も男性ばかり、、、と思いきや、なんと女性が4人も登場しています。タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻(バト・シェバ)です。この4人には共通点があります。4人とも異邦人であるということです。本来、イスラエルの民の血筋が重んじられるはずの系図に、異邦人の名前が記されているのはなぜでしょう。それは、マタイが救い主(メシア)による救いは、誰に対しても開かれていることを示しているからに他なりません。

 そして、唯一「バビロン捕囚」という歴史的な出来事が書かれています。北イスラエル王国は、紀元前722年にアッシリアに滅ぼされました。その後、百数十年経った紀元前587年に、南王国ユダはバビロニアに滅ぼされ、イスラエルの民はバビロンに移住させられてしまいました。バビロン捕囚は約50年間も続きましたが、神は人々を再び故郷の地へと帰ることを許されたのです。苦悩と絶望からの解放は、まさに救い主(メシア)の救いの体験なのです。

 マタイは、「神がわたしたちの生きた歴史に登場し、働いてくださった。その方が誰であるかを知ってほしい。」と、聖書を読む者に訴えかけているのではないでしょうか。

このアドベントに、神の救いの御計画がギュッとつまった「イエス・キリストの系図」をもとに、登場人物をたどってみてはいかがでしょうか。

 

※系図の人物が、聖書のどこに出てくるのかがわかる、分りやすい資料があります。

御入用の方は、瀬戸までお声がけください。